2009/09/04

Now On Air

会社で若干の組織変更があり、つい先日から新しいオフィスで仕事をしてる。
なかなか快適な仕事場ではあるが、問題点が一つあり、それは「J-WAVEの入りが悪い」という事である。
我慢して聞けるようなレベルではない。
ピストン西沢のあのイカレたDJプレイがもう聞けないのかと思うと、一抹の寂しさは残る。

でもまあ、そこにとらわれていてもしょうがないので、代替として「InterFM」にチューニングをあわせる。
洋楽中心の感じはずいぶんご無沙汰だったせいか、これがなかなか新鮮でよかった。

もうすっかり気分が良くなってしまい、その夜、勢いで、

を作った。

J-WAVEを聞いていた前の仕事場では、

を使っていた。

このガジェットはJ-WAVEが提供している素材のよさを、そのまま活かす事に心を砕いている。
簡単に言えば、J-WAVEのページをそのまま表示しているだけである。

実を言えば、J-WAVE自身が公式のガジェットを提供しているが、曲名が小さいのと、コピペできないのとで、自分的には使えない感じである。

あと、J-WAVE NOW ON-AIRという、Twitterアカウントもあるが、「あれ! この曲なに!?」って時の検索性がいまいちな感じがする。
まあ、普段からTwitterを開きまくっている感じだったら、こっちの方が便利だと思う。

FM Station Now On Air @ Tokyo
こちらのページでは、関東のFM局のNow On Airをいっぺんに見られる上に、RSSやXMLまで配信している。
ガジェットを作る向きには便利な事この上ない。

Now On Air : dogmap.jp
こちらのページでは、PHPでFM局のページを取得・加工してRSSに書き出すまでのサンプルが掲載されている。

ただ正直、FM局自身がNow On AirのフィードをPubSubHubbubで配信とかが一番エレガントなんじゃねぇか? と思ってみる。

ところでその後、ついに我が仕事場ではInterFMすら入らなくなってしまい、今はTokyo FMが流れている。
こんなことを言うのはなんだが、奴らのやってる事はヌルくて、iPhoneで知ってる曲聞いてる方がマシだという感じです。

2009/09/03

バットマン:ダークナイト

アメコミの傑作として名高い、「バットマン:ダークナイト」が復刻された。
「ウォッチメンとならび称される傑作」という評判だけは知っていたのだが、例によって絶版になっていて、オークションでは高すぎて手が出ず、ずっと保留していた。

復刻版とはいえ、ほぼ4000円と全く安くないが、傑作と評判の「ダークナイト・リターンズ」と、その続編「ダークナイト・ストライクス・アゲイン」が併録されていて、厚みも相当あり(3cmぐらい)、この分量でオールカラーである、と考えると、結果的に相当お得感はある。

「ダークナイト・リターンズ」は、

バットマンとしての活動を引退してから10年、両親の死のトラウマにいまだに引きずられていたブルース・ウェインは、ゴッサムシティの現状に憤り、老体に鞭打って自警活動を再開する。
しかし、社会はもはやこうした自警行為をよしとせず、バットマンは新たなロビン(キャリー)とともに政府を敵に回した戦いに身を投じていく。

という話である。

ここで感想を述べされてもらうと、とにかくバットマン/ブルース・ウェインがひたすらかっこ良い。
暴力的な自警活動を行うバットマンに対して、社会・マスコミは犯罪者のレッテルを張ろうとするのだが、ブルース自身はそのレッテル張りに対して全く葛藤がない。
信念を持って己の正義感に従うその様がかっこ良くて仕方がない。

ブルースと同じく老いたトゥーフェイス、ジョーカーなどおなじみのヴィランから、暴徒、果ては同じDCコミックのあの方まで、いろんな対決をしながら物語は進んでいくのだが、その対決を通じて、バットマンは全くぶれない。
周りの状況だけが変わっていく。
そういった構成が、作者が序文で述べているテーマ「マスコミのくだらなさ」を浮き彫りにすると同時に、バットマンのかっこよさを醸し出すのに成功している。

傑作は名前倒れではなかったという事である。
有り体に言えば面白い。

ついでに、特に琴線に触れた部分を語らせてください。

作中、ジョーカーが元キャットウーマンのセリーナに働いた狼藉の部分は声を出して笑った。
ババアに、それも元キャットウーマンになんて格好させんだよ! と。
さすがはジョーカーと言ったところ。

ところで「ダークナイト・ストライクス・アゲイン」は、まぁ・・・、個々のアイディアは面白かったけど、全体として話が散漫で、作画がうすた京介みたくなってる部分が見受けられて、うん、そうね、といった具合です。

2009/06/21

星子

友人に誘われて、生まれて初めてバーに行った。
バーに対する憧れはかねてから強くあったが、端的に言うとビビってたせいで、三十路すぎまでデビューが遅れていた。

今回つれていってもらったバーは、外苑前にある「ハウル」というバーで、店内はこじんまりとして薄暗く、自分が憧れていたバーの雰囲気そのものがそこにあった。
ハウルのバーテンダーはデニーさんという人で、まあこちらも、ものの見事に自分が憧れていたバーテンダーそのものといった具合で、なんだかうまくいえないけど、人として強度が高い、という印象を受けた。
そんな諸々でちょっと気分が良くなりすぎたのと、日中歩き回って疲れていたせいで、なんだか自分は上すべっていた感じがしたが、まあよしとしよう。

タイトルの「星子」は、そのデニーさんが20年以上かけて作り上げた「梅のリキュール」である。
ここは本人もこだわっていたが、これは決して「梅酒」ではない。

メキシコにカルーアがあるように、『何故日本には、世界に誇れるような本物のリキュールが無いのだろう?』という疑問から、17年かけて梅のリキュールを試作し、その後8年の改良期間を経て、2005年に満を持して発売にこぎ着けた、日本発のリキュール、との事である。
面白いと思ったのは、2005年にキリンから発売されるまで、密造酒ということになってたらしい。

最初の1杯、細かく砕いた氷に星子を入れて飲んでみる。(ミストというらしい)
最初梅酒のつもりで飲んで、結構面食らった。
梅の味わいも、酒としての味わいも、凄く上品で飲みやすい。
梅の酒である事は間違いないのだが、梅酒と味わいが違う。
正直言って、星子をうまく説明することができないので、ここは「とにかくおいしい」とだけいっておく。

2杯目は星子の入ったフローズン・ダイキリ「ホーホケキョ」で飲んだ。(梅にウグイスというのがなんともいえず良い。)
ラムのパンチの効いたところに星子の梅の風味が加わってこれもおいしい。
氷の冷たさも相まって、爽快な1杯だった。

ここで終電の時間になってしまい、その2杯のみで帰ってしまったが、星子関連のカクテルはまだまだあるようなので、今度は他のも挑戦したい。

最後に。
「なんで星子なんですか?」と名前の由来を聞いてみた。
「太陽も、月も、人間も、みんな星の子だ」という事らしい。
普段の自分なら、こういう台詞は鼻で笑ってしまいそうだが、その時の自分は全くもって素直に聞くことができた。
そういう人であり、そういう店であり、そういう酒なんだな、という事なんだろう。
というのはまとめすぎかもしれない。

星子の詳しい説明はこちらで
星子 HOSHIKO|オリジナル梅リキュール

2009/05/02

真野恵里菜

友人に重度のハロプロ・ウォッチャーがいる。

彼は別にハロオタという事ではなく、CDも買わないし、コンサートにも行った事がない。(一度一緒にミキティーを見に行った事があるが、それは俺が誘ったし、無料だった)
ハロプロに1銭たりとも金を落とした事がない男であるが、ハロプロの周辺事情に異常に詳しい。
メンバーの顔と名前を完璧に覚えるのはもちろんの事、ハロプロのビジネスモデルに精通し、ハロプロの内部事情を常にチェックし(おそらく2ちゃんで)、自分なりの考察を加え、会うたびにハロプロの興味深い話を自分に語ってくれる。
ファンでもないのに。

それがハロプロ・ウォッチャーである。

彼がなぜ、ハロプロをウォッチしているのかといえば、「モー娘。の終焉がみたい」という所から始まっている。
プロ野球のテレビ中継しかり、自分の勤めていた会社しかり、彼は散り行く事象を渦中から眺めていたい、そんな漢である。
そう、彼は広い意味でいえば「終焉ウォッチャー」なのである。

そんな彼はモー娘。の終焉をもう5年ほど待っている訳であるが、その間一線を超える事はなく、頑なまでにハロプロに金を落とす事を拒絶し続け、Berryz工房の登場にも眉一つ変えず、距離を保って冷静に分析し続けてきたその友人が、ついにハロプロに取り込まれた

友人のようなハードコア・ハロプロ・ウォッチャーをして、写真やPVを特に興味のない自分に頻繁にレコメンドしてくる単なるハロプロ・ファン(ちなみに本人はファンである事を否定しているが俺は認めねぇ)に転向せしめたハロプロからの刺客が「真野恵里菜」である。

普段、友人からのレコメンドはザクッとスルーしているのだが、ここら辺で一度きちんと向き合うべきだと思い、「真野恵里菜」について調べる事にした。

そう思い直すきっかけになったのはこのエントリー。

真野恵里菜をとことん知ろう大作戦 - ぶるふぉぼ。ディスプレイ

雑誌の掲載数が凄いらしく、

掲載数では黄金期と呼ばれる時代の娘。や軌道に乗り始めた頃の松浦亜弥を遥かに凌ぐレベル

とあり、想像している以上にボルケーノな感じなんだろうか。

同エントリーでプロフィールと略歴が掲載されているがこれがまた振るっている。
アイドル的プロフィールという意味で、ここまでそつのないものを見た事がない。
実際の人物像・経歴としてありうる範囲で、一分の隙もなくもぎたてジューシーなアイドル感を醸し出す秀逸なものだと思う。
おそらく、ピックアップの仕方がいいんだと思うが、ここはもう鵜呑みにしちゃって、真野恵里菜はナチュラルボーン・アイドルだという事でいいんじゃねぇかって気がしてきた。

ここでおなじみのWikipediaからの情報であるが、2008年6月に『マノピアノ』でデビューした。ただしこれはインディーズからの発売である。
ハロプロなのにインディーズという状況がよくわからないのだがまあ、そういう事らしい。

マノピアノ 真野恵里菜

生歌というのは買うが、曲も歌唱力も、ん〜、という感じ。
それが友人のレコメンドをスルーしていた理由である。
アイドルは歌が下手でも別にかまわないと思うのだけど、健気さとか、一生懸命さが感じられないと共感できない。
真野恵里菜は健気さはあると思うのだけど、ピアノが割とちゃんと弾けちゃってる分、共感が割り引かれる気がする。

そして2枚目がこの曲。

ラッキーオーラ 真野恵里菜

はっきり言って、これはヒドい。
真野恵里菜がどうとかじゃなくて、曲がヒドい。
なにより言葉のチョイスがヒドいし、歌詞の内容が壊滅的にヒドい。

要するにこの歌は、完璧主義の真野ちゃんが男に誘われて浜辺に行って、二人で戯れながら、たまに失敗してみなよ、と男に言われて、水平線まで飛ばされそうな、圧倒的に神々しいラッキーオーラを見る。という内容である。

このラッキーオーラがなんなのかわからないから、なにをどうとらえていいのかさっぱりわからない。
真野ちゃんが元々霊感が強かったのか、男の背中の方角に太陽があって、それがラッキーオーラに見えたのか、完璧主義を諌められて人生観を変えられた真野ちゃんの世界の見方が変わったのをラッキーオーラというメタファーで語っているのか。
いずれにしても残念な女である、という感想しかひねり出せねぇ。

そんなんでいいのか? と問いたい。
アイドルと虚構性は相性がいいはずなのだが、虚構というか廃墟感すら漂っちゃってる歌詞世界なので、さすがの真野ちゃんのアイドル性を持ってしてもこれは救われねぇ。

そして自分的にはどうでもいい、歌詞もなんか投げやりな「ラララ-ソソソ」を挟んで、ついにメジャーデビューが決定したそうだ。曲がこれ。

はっきり言おう。これは好きかもしれない。
PVから楽曲から歌唱から、剥き立てのゆで卵のように、純粋で艶やかで瑞々しく無垢なアイドルソングだと思った。
今これをてらいなくやってハマる子ってあんまりいない気がする。

なんというか、長年友人からハロプロ関係の話を聞いてきて、その理解の限りでは、こういうアイドルが出てきた、というところで感慨を覚えた。
個人的な意見を言わせてもらうと、あややとか作為的すぎるでもなく、Berryz工房とかC-uteとか狙いすぎでもなく、モー娘。とかざっかけなさすぎでもない、本来の意味でアイドル(偶像)としての距離感を保てそうな、程よい感じの正統派アイドルがついにきた、という感じである。
インディースからデビュー、とかアングル効かせすぎな気はしないでもないが、まあそれはよしとしよう。

ここまで持ち上げといてなんだが、まあ、だからといってファンになったかというとそんな事は全然なくて、友人が勧めてくる限りはちゃんと見ようといった具合です。

2009/04/05

ゆうたろう

今日、隅田川沿いでは「桜橋花まつり」が執り行われていた。
そこで「ゆうたろう」のステージが見られるという情報を手に入れて、いてもたってもいられなくなり、見に行く事にした。

ゆうたろうは正直「くりぃむナントカ」ぐらいでしか見た事なかったが、石原裕次郎にそっくりというだけで食っていけてる人、ぐらいの印象しかない。
が、しかし、それだけで食っていけるって凄くないか? という思いがあり、いったいどんなステージを見せてくれるのか、本当に裕次郎だけなのか、という思いを胸に会場に向かった。

結論から言えば、ゆうたろうは裕次郎のみで実に完成されたステージを披露していた。
多分今まで何百回もやってきただろうし、5年後も、ひょっとしたら10年後も今日とそんなに変わらないステージをやっているんだろうな、という感じ。
取り立てて面白い事をやっている訳ではなんだけど、盛り上がっている感だけは矢鱈ある。
例えば来年もう一度見たとしても、まあ、同じように自分は盛り上がるんだろうなと思った。

意外だったのが、ゆうたろうは思った以上に石原裕次郎に似ていないという点。
最終的には、顔も歌も似てないんじゃないか、とすら思い始めた。
終始しゃべりっぱなしで、ベタなネタ(右側のお客さんだけ拍手的な、というか実際やっていた)を連発するゆうたろうと裕次郎が重ならない。
しかししゃべらないとステージは成り立たない訳で、なんというかくりぃむナントカの扱いかたって、本当に適切だったんだなって感じがした。

あと、まったくもって堂々とステージをしているのが印象的だった。
ネタをしゃべってる最中、サルと犬の着ぐるみをきた女の子2人組が乱入して、ゆうたろうに差し入れするという、空気が凍てついてくるような、もうアクシデントに近いハプニングがあったが、堂々と笑いに変えていた。
さらに、屋台で大量の蒸気が噴出して、フシュ〜〜〜〜〜〜〜ととんでもない音がして、話が遮られるハプニングも笑いに変えた。
ゆうたろうはこちらの想像以上にステージ慣れしてるんだな、という印象を受けた。

ところで、 ゆうたろうのステージの前に登場した「吉永加世子」という歌手。
吉幾三のプロデュースでデビューしたらしいのだが、MCで「ゆうたろうの妹です」とかいいだした。
彼女がステージに現れてから、なんか誰かに似てるな、と思っていたのだが、ゆうたろうかよ! と思いもよらないところをつかれて、テンションガン上がりした。
会場が一番盛り上がっていたのもここかもしれない。

この件に関してはちょっと良い話っぽい節もあるので、まあ生暖かく見守りたいところである。